飼い猫とともに

趣味やビジネス、結婚について

千葉での結婚式でのこと

4年前にいとこ結婚式に出席したときの話です。母親が姉妹同士仲が良かったこともあって子供の頃はお互いの家に遊びに行ったり、いとこのお母さんが美容師をやっていたので髪を切ってもらったりと家族ぐるみの付き合いをしていました。


特に結婚式を挙げるいとこのお姉ちゃんは、優しくて頼りがいがあって私にとってはもう一人の姉のような存在でした。なので嬉しかった半面なんだか遠い存在の人になってしまったような気がして少し寂しかった記憶があります。でも、めでたいことなのでこれは親族としてお祝いしてあげたいという気持ちになった私はネットでドレスとネックレスをレンタルして万全の状態で結婚式の当日を迎えました。ところが、その当日に集合時間を間違えてしまいかなり慌ててバタバタと準備した結果、髪の毛がぼさぼさでひどいことになってしまったのでいとこの家で母親にセットしてもらった後千葉の結婚式場にバスで会場に向かいました。


しばらくしてバスは千葉の結婚式場に無事に会場に到着しました。バスから降りた私たちは受付で名前を書いてご祝儀を渡した後、待合室でお酒を飲みながら式の準備が整うのを待っていました。グラスに入ったお酒を飲み終えたくらいに式場の人に呼ばれたので私たちはチャペルへ向かいました。チャペルの入り口に着くと、式場の人に新婦の親族の方は左側の席にご着席下さい。と言われたので言葉通りに左側の道を通って木製の椅子に座りました。私、姉、母、いとこの家族、お馴染みのメンバーが久しぶりにそろっているのを見てうれしいような懐かしいような気持になっていると、母がばあちゃんこっち!と向かい側の席に向かって声をかけているのが聞こえました。え?と思って向かいの席を見ると、なんと祖母が新郎側の親族の席に座っていたのです。間違いに気づいた祖母は慌ててこちら側の席に小走りで来たのですが、その時バージンロードを横切ってきたのです。その時の私は恥ずかしいやら呆れたやらで物も言えませんでした。その後新郎新婦が入場して結婚式が無事にスタートしました。ある程度儀式を終えた後、お互いの親族紹介の流れになっていとこの父親が私たちのことを紹介してくれたのですが、祖母のことを紹介するときに○○のばあちゃんと私たちが住んでいるマイナーな地区の名前を言ってしまったので新郎側の親族の皆さんはぽかんとしてしまって、向かい側の私たちはそれじゃあ向こうの人たち誰も分からないよと皆笑ってしまいました。

ガーゼマスクはいずこへ?

マスクは日本人独特の文化といいますか、満員電車の国でもあり、「咳エチケット」という用語はほんとに秀逸な思いつきだと思います。外国の人には奇異に見えるだの、果ては感染症がなんとやらでマスクが売り切れたり・・・商品の種類も豊富になって、随分とカラフルに色のバリエーションが増えたり、耳に当たっても痛くないの、花粉カットだの、お化粧がつかないのと色々見かけます。


これが全部使い捨てのマスクの話なんですよね。医療現場から来た発想なのだと思いますが、すっかり主流になったのは紙製マスク。確かに、外でたくさんの物質に暴露される中で使ったものは再利用したくないーのは本音。


しかし、私はガーゼマスクが大好きです。乾燥する冬は就寝時にかけて、口を覆って寝る習慣がありました。柔らかさやガーゼの清潔な匂い、手洗い下石鹸や日に干した匂い、傷口を保護するように優しく顔を覆ってくれる感触が眠りに重要なものだったのです。喉が痛く辛い夜など、少し湿らせたり絞ったガーゼを内側に当てたりするととても気持ちが良いです。


紙マスクではゴワゴワするし、粘膜への保湿感がなくて眠れたものではありません。
ガーゼマスク、最近は売り場の隅にやられ絶滅危惧種となっていますが、まだなんとか見つかります。どうか、生産されなくなってしまうことがありませんように。

海辺を歩いていて思うこと

私は海の近くの距離に住んでいます。なぜなら、海を眺めたり、浜に流れ着いた貝殻や擦れて丸くなったガラス片、流木などを拾うのが好きだからです。


一年を通して海辺を歩いていますと、色々な自然の変化が分かります。貝殻は海水温が低くなる秋から春にかけてがよく拾えます。夏は貝が元気に活動する時期なので貝殻=死んだ貝ですから、貝殻は少なくなります。


海鳥の換羽期が分かります。その時期は羽根があちこちに落ちているのです。また、ある特定の貝殻ばかりが打ちあがることがよくあります。ある日はイタヤガイばかり、ある日はルリガイばかり、という風に。


台風などで海が荒れた後は、戦前の目薬瓶や薬瓶、イルカの骨や流木、木の実など面白いものが打ちあがります。と同時に、ペットボトルをはじめとするプラスチックごみの多さにも驚きます。私は海に行くときは必ず、ごみ袋を持っていき、ビーチクリーンをします。最近、世界中で問題視されているマイクロプラスチック問題。海辺を歩くと危機感を覚えます。


例えば、家庭で使われている食器洗いスポンジ。使っているうちにすり減っていきます。それはどこへ行くかというと、海。そのマイクロプラスチックを食べてしまった魚達は大丈夫だろうか、と心配になるのです。


漂流物から見えてくるもの。それは多くの美しい貝殻を見ると分かるように、海は実に多彩な生命が活動しているという事。海鳥のように、空の者もまた、海の者であるという事。木の実が流れ着くという事は、森と海は繋がっていて、循環しているという事。そして、プラスチック問題。一人一人が今、脱プラスチックを進めていかないと地球の未来は無い、海辺を歩いていると、そう強く思います。