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北原瑤子さんのことが、いまだに忘れられません。

北原瑤子さんのことが、いまだに忘れられません。
 ただ、私と同じように、北原瑤子さんのことを、今なお、忘れられない人はあまり多くはいないのかもしれません。私と同じくらいの年齢の方、もしくはそれ以上の方しか、彼女のことを思い出す事ができる人はいないのではないかと思っています。なぜなら、彼女は、あまりに悲しい、日航ジャンボ機墜落事故で、急に他界されたからです。すでに、その頃は、宝塚をおやめになって、というか、やめさせられて、なのか、わかりませんが、いずれにしても、宝塚から、テレビ界や映画界に場を移して、まさにこれから活躍をされる、というときに、亡くなってしまわれたからです。


 北原瑤子さんには、私は個人的にご縁を感じています。なぜなら、まずは、瑤子さんは同い年であること、そして、出身地が私の住んでいるところの近くにあること、そういったことから、私の中では、タカラジェンヌのなかでも特別な存在でした。
 北原瑤子さんは、とても美しい方でした。化粧品のコマーシャルにも出られるくらいの美しさです。タカラジェンヌといえば、だいたいにして、娘役であっても、舞台化粧でお顔が生えるようであればよいといったイメージで、これまでの売れっ子スターさんが、全て端正でお美しい顔立ちの方ばかりとは限りません。こんなことを言うと、ファンの方には叱られそうではありますが。
 ですが、瑤子さんは、娘役らしい、優しいお顔立ち、しかも、品のあるお顔立ちをされていて、その立ち振る舞いとともに、これほどエレガントで美しい方がいるのか、と思うような方でした。
今でも宝塚歌劇団はもちろん友の会に入ってますし当日券も買ってでも行きます。
 そういったことから、宝塚でも注目をしていたにも関わらず、あまり長い間、宝塚の舞台に立たれる機会がなくて、退団はとても残念でした。「ジャワの踊り子」の頃に注目を浴びて、そのあとも、この方ってきっと売れっ子になる、娘役のトップスターになると信じて応援していたのですけど、そのような活躍の場を拝見することもなく、退団、しかも、突然の、でした。
 いろいろと言われていますけれど、何が事実なのか、単なるファンの私などには、よくわかりませんが、それにしても、伝統の世界で生きていくというときには、いろいろと難しいものもあるんだとということを感じました。
 彼女が生きていたら、もう少しすると、還暦を迎えることになります。同期の黒木瞳さんが、宝塚でも活躍をされ、さらに、退団後も美しく年を重ねられ、テレビや舞台で大活躍をされているのを拝見するたびに、瑤子さんが生きていたら、どうだったのだろう、と思ってしまいます。宝塚ファンであっても、彼女のことを思い出せる人は数少なくなってきていますが、彼女のことをファンだけでも永遠に忘れないでいてほしいと思っています。